先生のコンサート♪

音楽院で教えてもらっている先生が出るコンサートを聴きに行ってきました!

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今回のコンサートは木管五重奏
木管五重奏というのは、フルート、オーボエ、クラリネット、ファゴット、ホルンの5人での演奏する編成です。

音楽院の先生たち5人が集まっての演奏でした。

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コンサートの会場は、こんな大きくて素敵なオルガンのあるところ。

土曜日の夜ってこともあってか、たくさんのお客さんが来ていました。


コンサートの開演は20:30とちょっと遅め。

それでも、小さな子供たちがたくさん聴きに来ていました。
9歳未満は無料で聴くことができるのです。


フランスに来て驚いたことの1つですが、クラシック音楽のコンサートを聴きに来る子供が多い

日本だったら、子供は入れないっていうコンサートもたくさんあるのに、、

フランス人はこうやって小さいころからコンサートに行くことに慣れているから、大人になってもクラシック音楽に興味がある人が多いのかなあと思います。

今回も幼稚園児や小学生くらいの小さな子供はたくさんいましたが、みんな静かに聴いていました。


今日の曲は、聴きやすいもの、木管五重奏の有名な曲、演奏する間にしゃべって語りを入れるものなど、色々あって面白いプログラムで、会場中に響きわたる大きな拍手で終わりました。



それにしても、コンサートが終わったのは22j00を過ぎていて、この後長話の大好きなフランス人が先生たちに挨拶する時間があるっていうのに、子供たちは眠くないのかなあ?

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海外留学するってこと。

海外に留学してみたいって思っている人もたくさんいると思います。

実際に留学してみて、本場のフランス音楽を勉強できてるし、日本ではできない貴重な経験ができています。


でもその代わり、日本にいる人にはなかなか会うことができません。
今までいつも一緒にいた家族や友達、先生、、

やっぱり合う時間が短くなれば、少しずつ忘れられてしまう。
よっぽど思っていないと、遠くにいる人より近くにいる人の方を好んでしまう。

だから、遠距離恋愛だってよっぽど好きじゃないと難しいんだろうなあって思うし。



ところで、日本ではEXILEが2年半ぶりにライブを復活
会場は大熱狂したそうですね。

EXILEが活動を制限していたのは、それぞれのソロやグループ活動に専念するため、そしてボーカルのATSUSHIが海外留学をするためでした。


あんなに大人気で、売れまくっていた大事な時期に日本を離れてアメリカで勉強なんて。

そのころのATSUSHIは、色々と上手くいかず逃げ出したいという思いがあったそうですが、それを立て直すために留学をしました。

そして2年間でそれを乗り越え、日本に帰ってきたらこんなに大熱狂で迎えられます。


そんな、時間を乗り越えて変わらず人々に愛されるってことはよっぽどだなあと思います。



レベルは全然違うけど、音楽の仕事をしたいと考えていたわたしにとっても、留学する前はとても悩みました。
留学すると、日本にいる人たちから少しずつ遠ざかってしまう。

特に音楽の仕事は、多くが人とのつながりによってもらえるものなので、これまでつながってきた日本の人たちと離れて海外に行ってしまうことが良いことなのか、、


でもちゃんと勉強して留学前よりパワーアップしていれば、何年か日本にいなくて浦島太郎になったとしても、帰ったら迎えてくれるのかなあ。

まあ、今の時代はfacebookやtwitterなんかのおかげで、近くにいなくても情報を共有することができるのでそんなに離れてる気はしないんですけどね。



EXILEのライブ復活のニュースを聞いて、そんなことを考えてしまったフランス留学2年半ちょっとの今日でした。

『惑星』の作曲者ホルストの生家を訪れる。イギリスのチェルトナムへ

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ロンドンから電車で2時間半ほどのところにある、イギリスのチェルトナムという町。

ここで『惑星』を作曲したことで有名なグスタフ・ホルストは生まれました。
彼が生まれた家は今では博物館となっていて、彼の思い出の品がたくさん展示されています。

わたしは去年2017年の7月、ここを訪れてきたのでそのときのお話を。


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こちらがホルスト博物館。


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ホルストは1874年9月21日にここで生まれました。

ホルストの曽祖父はロシアの宮廷音楽家で、ロンドンでは音楽教師をしており、祖父はピアノとハープの先生、父は教会のオルガニスト、母はピアニストでシンガーという、古くから続く音楽家一家に生またのです。


母はホルストが8歳のときに病死してしまい、叔母が面倒を見ていました。

ホルストは小さいころからピアノやヴァイオリンのレッスンを受けていて、父は彼がピアニストになることを望んでいたのですが、持病の神経炎によってピアニストへの道は絶たれてしまいました。

しかし、小さな村の教会でオルガニストと合唱の指揮をする間に書いた曲が評判になり、父の援助でロンドン王立音楽大学へ入学することに。


では、そんなホルストが暮らしていた家の中を見てみましょう。

受付では日本語の案内シートをもらうことができるので、とてもわかりやすく見学できます!


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見学の始めにまず見ることになるのがこのピアノ。
これはホルストがあの名曲、『惑星』の大半を作曲するのに使ったピアノです。


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ここは音楽室で、壁にはホルストの1927年の肖像画が掛けられています。


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こちらの棚には、父親のガラス製品、ホルストに送られたメダル、妻の写真など思い出の品たちが飾られています。

そして2段目には尊敬していたモーツァルトの肖像画があり、ホルストは作曲するときいつもピアノの上に置いていたそうです。


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ホルストや家族たちが使っていたレコードを聴く機械がいくつか置いてありました。
今は携帯やi-Podなんかで簡単に音楽が聞けてしまうけど、昔はこんなに大きな機械で聴いてたんだよなあ。

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そしてこれが1925年『惑星』の最初のレコード。



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壁には2014年に『惑星』作曲100周年を祝って描かれた作品が掛けられています。


ところで、先ほどから部屋の壁紙がちょっと変わった模様をしているなと思いませんでしたか?

この壁紙は「アーツ・アンド・クラフツ」スタイルというそうです。
ホルストはアーツ・アンド・クラフツ運動(生活と芸術を統一することを主張した運動)を起こしたウィリアム・モリスの友人だったので、音楽室全体の壁紙がこれで統一されているのだそうです。


さて次は応接室。

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ここはお客様を通す部屋で、当時の部屋を想像して作られました。
応接室には、高価な家具や絵画を置くのが普通ですが、ホルスト一家には高価なものを持つことができなかったのだそうです。


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ここが主寝室。
おそらくこの部屋でホルストと弟エミールが生まれたと考えられています。

この時代の寝室は薄暗く、装飾品や絵画が所狭しと飾られていて花柄の壁紙が人気でした。
厚手のウール素材のカーテンと、何重にも重ねた毛布で隙間風をしのいでたのだそうです。

そしてこの家には浴室がなかったため、洗面台、移動式浴槽、寝室用便器などが使われていました。


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こちらが子供部屋。

この時代は「子供は大人の世界からできるだけ遠くに置く」という考えがあって、子供部屋は最上階に置かれました。
1870年代の家庭では珍しく、乳母を雇わず母親クララが二人の世話をしていたのだそうです。


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刺繍は子供たちが作ったものです。
まさか子供が作ったとは思えない刺繍の出来でした。

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この狭い屋根裏部屋は何のための部屋かというと、メイドの部屋です。

ホルスト家にはジュリアというメイドがいて、立ったら頭をぶってしまうくらいの、こんなに狭い部屋で寝ていたのだそうです。


そして、地下室へと移動します。
この地下室は1900年ごろのヴィクトリア時代に、使用人が作業をするために使っていた中流階級の家庭を再現してあります。

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この部屋で母クララは生活費のやりくりをし、メイドのジュリアに指示を与えていました。

ジュリアは朝6時に起きて、夜11時まで働き続け、休みは月に1日だけでした。

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貯蔵庫です。
涼しい地下室の一角を冷蔵庫のように使っていたのですね。


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こちらがキッチン。


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流し場。
この時代じゃ当たり前のことだけど、手で洗濯していたんですよね。
水を絞る道具も置いてあります。

この時代のことがよくわかるようになっている地下室でした。


この博物館を見学していると、ホルストはこんな環境で育って、名曲を生み出したんだなあ~としみじみと思ってしまいます。

受付では、何か質問があったら遠慮なくどうぞと言ってくれて、博物館の人はとても親切でした。
もちろん質問は英語でしなくてはいけませんが、、


ホルストに興味がある方は是非、チェルトナムのホルスト博物館を訪れてみてください(* ´ ▽ ` *)



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0が一個多い??Ovniのクラリネット特集を読んで

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フランスの情報を日本語で読むことができる新聞Ovni(オヴニー)。

Ovniは月に2回発行され、日本料理のレストランや、KYokoやK-Martなどアジア系食品のお店などに置いてあります。


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今回はなんと、一番後ろのページにクラリネットの特集が載ってる!

多くのクラリネット奏者が使っているフランスの楽器メーカー、クランポンのお話です。

クラリネットができたころの話や、工場でクラリネットを作る工程などが書かれていて、クラリネットを知らない人にもわかりやすくて面白いことが書いてあります。


ところで、この記事には1本のクラリネットの写真がドカンと載せられています。
こちらはクランポン社で1番新しいクラリネットで、「Légende(レジェンド)」という名前のモデルです。

「Légende」は日本語で「伝説」。
伝説なんて名前がつけられているだけあってお値段もお高いのですが、この新聞を良く見てみると、、


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『プロ用クラリネットの新製品"Légende"。
およそ60000ユーロ。』


んん?
60000ユーロ!??


60000ユーロは日本円にすると780万円くらいです。

いやいや、クラリネット1本の値段がそんなに高かったら、世の中にこんなたくさんクラリネット奏者いないでしょ笑


というこいとで、本当はおよそ6000ユーロです。
0が一個多かったっていうミスでした。


まあでも、どっちにしろ楽器は高い。

クラリネットにはいろんな仲間があって、クラリネット奏者はたいてい1番良く使うB♭クラリネットに加え、オーケストラなどで使うことの多いAクラリネットも買わなくてはいけません。

そして、人によっては低音のバスクラリネットや高音のEsクラリネットを購入する人もいます。


1本だけ買えば終わりじゃないクラリネットって、楽器屋さんにとっては嬉しいけど、奏者にしてみたら大変だよなあ、、

雷の日のコンサート

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今日は室内楽の学内コンサートでした!


開演は19時。
コンサートの2時間前くらいから雷がピカッと光ってはゴロゴロ鳴り、、雨も降り始めました。

電車が動いているか心配でしたが、電車は止まらず無事に学校に到着!
ふぅ~、これだけで一安心笑

少しだけリハーサルをした後すぐに本番でした。


今日演奏した曲は、フランスの作曲家モーリス・エマニュエル作曲の『クラリネット、フルート、ピアノのためのソナタ』

モーリス・エマニュエルは民謡やオリエントの音楽に興味をもっていたので、その感じがところどころに出てくる曲です。
きれいだけど、ちょっと違う世界にいるような面白い曲だなあと思います♪


この曲をコンサートで演奏するのは初めてだったのですが、最近はなかなか3人の予定が合わずあんまり合わせができなくてちょっと不安でした。

まあでも、本番では大きな失敗はなく、悪くもなく良くもなく、、という感じでした。


再来週は試験でまたこの曲を演奏するので、次回はもっとこの曲の面白さを出せるようにならないと!



全員の演奏が終わってさあ帰ろうと、駅に行くと次の電車はなんと1時間後!!

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木が線路の上に倒れてる!
さっきまでの嵐でこうなっちゃったんだろうなあ。

これじゃあ電車も通れないか、、
あきらめて遠回りで帰りました。


雷が鳴るってことは、夏がすぐそこまで近づいているんでしょうか(*´v`)


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YukihaCL

Author:YukihaCL
2015年9月からフランスで音楽留学してます。
趣味は旅行!
フランスでの生活、文化など現地からの情報を少しでもお伝えできたらと思います。

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