海外留学するってこと。

海外に留学することを夢見てる人もたくさんいると思います。

実際に留学してみて、本場のフランス音楽を勉強できてるし、日本ではできない貴重な経験ができています。


でもその代わり、日本にいる人にはなかなか会うことができません。
今までいつも一緒にいた家族や友達、先生、、

やっぱり合う時間が短くなれば、少しずつ忘れられてしまう。
よっぽど思っていないと、遠くにいる人より近くにいる人の方を好んでしまう。

だから、遠距離恋愛だってよっぽど好きじゃないと難しいんだろうなあって思うし。



ところで、日本ではEXILEが2年半ぶりにライブを復活
会場は大熱狂したそうですね。

EXILEが活動を制限していたのは、それぞれのソロやグループ活動に専念するため、そしてボーカルのATSUSHIが海外留学をするためでした。


あんなに大人気で、売れまくっていた大事な時期に日本を離れてアメリカで勉強なんて。

そのころのATSUSHIは、色々と上手くいかず逃げ出したいという思いがあったそうですが、それを立て直すために留学をしました。

そして2年間でそれを乗り越え、日本に帰ってきたらこんなに大熱狂で迎えられます。


そんな、時間を乗り越えて変わらず人々に愛されるってことはよっぽどだなあと思います。



レベルは全然違うけど、音楽の仕事をしたいと考えていたわたしにとっても、留学する前はとても悩みました。
留学すると、日本にいる人たちから少しずつ遠ざかってしまう。

特に音楽の仕事は、多くが人とのつながりによってもらえるものなので、これまでつながってきた日本の人たちと離れて海外に行ってしまうことが良いことなのか、、


でもちゃんと勉強して留学前よりパワーアップしていれば、何年か日本にいなくて浦島太郎になったとしても、帰ったら迎えてくれるのかなあ。

まあ、今の時代はfacebookやtwitterなんかのおかげで、近くにいなくても情報を共有することができるのでそんなに離れてる気はしないんですけどね。



EXILEのライブ復活のニュースを聞いて、そんなことを考えてしまったフランス留学2年半ちょっとの今日でした。

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『惑星』の作曲者ホルストの生家を訪れる。イギリスのチェルトナムへ

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ロンドンから電車で2時間半ほどのところにある、イギリスのチェルトナムという町。

ここで『惑星』を作曲したことで有名なグスタフ・ホルストは生まれました。
彼が生まれた家は今では博物館となっていて、彼の思い出の品がたくさん展示されています。

わたしは去年2017年の7月、ここを訪れてきたのでそのときのお話を。


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こちらがホルスト博物館。


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ホルストは1874年9月21日にここで生まれました。

ホルストの曽祖父はロシアの宮廷音楽家で、ロンドンでは音楽教師をしており、祖父はピアノとハープの先生、父は教会のオルガニスト、母はピアニストでシンガーという、古くから続く音楽家一家に生またのです。


母はホルストが8歳のときに病死してしまい、叔母が面倒を見ていました。

ホルストは小さいころからピアノやヴァイオリンのレッスンを受けていて、父は彼がピアニストになることを望んでいたのですが、持病の神経炎によってピアニストへの道は絶たれてしまいました。

しかし、小さな村の教会でオルガニストと合唱の指揮をする間に書いた曲が評判になり、父の援助でロンドン王立音楽大学へ入学することに。


では、そんなホルストが暮らしていた家の中を見てみましょう。

受付では日本語の案内シートをもらうことができるので、とてもわかりやすく見学できます!


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見学の始めにまず見ることになるのがこのピアノ。
これはホルストがあの名曲、『惑星』の大半を作曲するのに使ったピアノです。


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ここは音楽室で、壁にはホルストの1927年の肖像画が掛けられています。


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こちらの棚には、父親のガラス製品、ホルストに送られたメダル、妻の写真など思い出の品たちが飾られています。

そして2段目には尊敬していたモーツァルトの肖像画があり、ホルストは作曲するときいつもピアノの上に置いていたそうです。


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ホルストや家族たちが使っていたレコードを聴く機械がいくつか置いてありました。
今は携帯やi-Podなんかで簡単に音楽が聞けてしまうけど、昔はこんなに大きな機械で聴いてたんだよなあ。

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そしてこれが1925年『惑星』の最初のレコード。



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壁には2014年に『惑星』作曲100周年を祝って描かれた作品が掛けられています。


ところで、先ほどから部屋の壁紙がちょっと変わった模様をしているなと思いませんでしたか?

この壁紙は「アーツ・アンド・クラフツ」スタイルというそうです。
ホルストはアーツ・アンド・クラフツ運動(生活と芸術を統一することを主張した運動)を起こしたウィリアム・モリスの友人だったので、音楽室全体の壁紙がこれで統一されているのだそうです。


さて次は応接室。

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ここはお客様を通す部屋で、当時の部屋を想像して作られました。
応接室には、高価な家具や絵画を置くのが普通ですが、ホルスト一家には高価なものを持つことができなかったのだそうです。


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ここが主寝室。
おそらくこの部屋でホルストと弟エミールが生まれたと考えられています。

この時代の寝室は薄暗く、装飾品や絵画が所狭しと飾られていて花柄の壁紙が人気でした。
厚手のウール素材のカーテンと、何重にも重ねた毛布で隙間風をしのいでたのだそうです。

そしてこの家には浴室がなかったため、洗面台、移動式浴槽、寝室用便器などが使われていました。


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こちらが子供部屋。

この時代は「子供は大人の世界からできるだけ遠くに置く」という考えがあって、子供部屋は最上階に置かれました。
1870年代の家庭では珍しく、乳母を雇わず母親クララが二人の世話をしていたのだそうです。


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刺繍は子供たちが作ったものです。
まさか子供が作ったとは思えない刺繍の出来でした。

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この狭い屋根裏部屋は何のための部屋かというと、メイドの部屋です。

ホルスト家にはジュリアというメイドがいて、立ったら頭をぶってしまうくらいの、こんなに狭い部屋で寝ていたのだそうです。


そして、地下室へと移動します。
この地下室は1900年ごろのヴィクトリア時代に、使用人が作業をするために使っていた中流階級の家庭を再現してあります。

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この部屋で母クララは生活費のやりくりをし、メイドのジュリアに指示を与えていました。

ジュリアは朝6時に起きて、夜11時まで働き続け、休みは月に1日だけでした。

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貯蔵庫です。
涼しい地下室の一角を冷蔵庫のように使っていたのですね。


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こちらがキッチン。


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流し場。
この時代じゃ当たり前のことだけど、手で洗濯していたんですよね。
水を絞る道具も置いてあります。

この時代のことがよくわかるようになっている地下室でした。


この博物館を見学していると、ホルストはこんな環境で育って、名曲を生み出したんだなあ~としみじみと思ってしまいます。

受付では、何か質問があったら遠慮なくどうぞと言ってくれて、博物館の人はとても親切でした。
もちろん質問は英語でしなくてはいけませんが、、


ホルストに興味がある方は是非、チェルトナムのホルスト博物館を訪れてみてください(* ´ ▽ ` *)



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0が一個多い??Ovniのクラリネット特集を読んで

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フランスの情報を日本語で読むことができる新聞Ovni(オヴニー)。

Ovniは月に2回発行され、日本料理のレストランや、KYokoやK-Martなどアジア系食品のお店などに置いてあります。


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今回はなんと、一番後ろのページにクラリネットの特集が載ってる!

多くのクラリネット奏者が使っているフランスの楽器メーカー、クランポンのお話です。

クラリネットができたころの話や、工場でクラリネットを作る工程などが書かれていて、クラリネットを知らない人にもわかりやすくて面白いことが書いてあります。


ところで、この記事には1本のクラリネットの写真がドカンと載せられています。
こちらはクランポン社で1番新しいクラリネットで、「Légende(レジェンド)」という名前のモデルです。

「Légende」は日本語で「伝説」。
伝説なんて名前がつけられているだけあってお値段もお高いのですが、この新聞を良く見てみると、、


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『プロ用クラリネットの新製品"Légende"。
およそ60000ユーロ。』


んん?
60000ユーロ!??


60000ユーロは日本円にすると780万円くらいです。

いやいや、クラリネット1本の値段がそんなに高かったら、世の中にこんなたくさんクラリネット奏者いないでしょ笑


というこいとで、本当はおよそ6000ユーロです。
0が一個多かったっていうミスでした。


まあでも、どっちにしろ楽器は高い。

クラリネットにはいろんな仲間があって、クラリネット奏者はたいてい1番良く使うB♭クラリネットに加え、オーケストラなどで使うことの多いAクラリネットも買わなくてはいけません。

そして、人によっては低音のバスクラリネットや高音のEsクラリネットを購入する人もいます。


1本だけ買えば終わりじゃないクラリネットって、楽器屋さんにとっては嬉しいけど、奏者にしてみたら大変だよなあ、、

雷の日のコンサート

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今日は室内楽の学内コンサートでした!


開演は19時。
コンサートの2時間前くらいから雷がピカッと光ってはゴロゴロ鳴り、、雨も降り始めました。

電車が動いているか心配でしたが、電車は止まらず無事に学校に到着!
ふぅ~、これだけで一安心笑

少しだけリハーサルをした後すぐに本番でした。


今日演奏した曲は、フランスの作曲家モーリス・エマニュエル作曲の『クラリネット、フルート、ピアノのためのソナタ』

モーリス・エマニュエルは民謡やオリエントの音楽に興味をもっていたので、その感じがところどころに出てくる曲です。
きれいだけど、ちょっと違う世界にいるような面白い曲だなあと思います♪


この曲をコンサートで演奏するのは初めてだったのですが、最近はなかなか3人の予定が合わずあんまり合わせができなくてちょっと不安でした。

まあでも、本番では大きな失敗はなく、悪くもなく良くもなく、、という感じでした。


再来週は試験でまたこの曲を演奏するので、次回はもっとこの曲の面白さを出せるようにならないと!



全員の演奏が終わってさあ帰ろうと、駅に行くと次の電車はなんと1時間後!!

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木が線路の上に倒れてる!
さっきまでの嵐でこうなっちゃったんだろうなあ。

これじゃあ電車も通れないか、、
あきらめて遠回りで帰りました。


雷が鳴るってことは、夏がすぐそこまで近づいているんでしょうか(*´v`)


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☆学校で行われたセレモニーで演奏♪
☆学内コンサート♪

パリでかわいい抹茶ラテが飲める。パレロワイヤル庭園にあるCafé Kitsuné

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オペラの近くにあるパレロワイヤル庭園(Jardin du PalaisRoyal)。
長方形の大きな庭園で、横側にはたくさんのお店が並んでいます。


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日曜日だったからか、閉まっているところも多かったのですが、、


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その中の1つ、Café Kitsuné


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おしゃれなカフェはとっても人気のようで、狭い店内にはたくさんのお客さんが。

店員さんはほとんどがフランス人でしたが、日本人の女性もいました!



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こちらがメニューです。
エスプレッソやマキアートなどのフランスではメジャーな飲み物から、抹茶ラテ柚子ハニーなど日本っぽい飲み物も。



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焼き菓子もいくつか置いてあります。
抹茶フィナンシェや柚子フィナンシェに、キツネの形のクッキー笑



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こちらが抹茶ラテ。
かわいくハートにしてくれています。


店内で飲むこともできますが、席数が少ないのでテイクアウトして庭園のベンチで飲む人も多いんです。

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さすが日曜日の午後というだけあって、庭園はたくさんの人でにぎわっています。


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みんな噴水に足置いてる笑


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バラがたくさん咲いていてきれい♪


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広場ではフランス発祥のスポーツ、ペタンクをやっている人がたくさん!
ペタンクは金属のボールを投げて的に近づけるゲートボールのようなスポーツです。


そして、どこからか素敵な歌声が聞こえる?
と、庭園の隅のほうへ行ってみると、、


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歌手が歌ってる!!!

真ん中にいる女性がクラシックの曲を歌っているのですが、すごく上手くて、たくさんの観客が集まっちゃっていました。
まるでコンサート会場のよう。

歌手の前に置いてある帽子の中にチップを入れるのですが、きっとたくさん集まるんだろうなあ。


ということで、パレロワイヤル庭園ではこんな日曜日を過ごすことができます!


ちなみにCafé Kitsunéは東京にもあるそうなので、こちらにも是非行って見てください(*^_^*)

お店情報
Café Kitsuné Paris
住所→ Jardin du Palais Royal, 51 Galerie de Montpensier, 75001 Paris
営業時間→月~金曜10:00~18:00、土、日曜10:00~18:30

Café Kitsuné Tokyo
住所→3-17-1 Minami Aoyama, Minato-ku Tokyo, 107-0062
営業時間→9:00~19:00




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サティが生まれた家へ~オンフルールの素敵な港を見ながら

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オンフルールは、フランスのノルマンディー地方にある港町です。
観光地としても人気なこの素敵な町で生まれた作曲家といえば、、


エリック・サティ!!

サティは「音楽界の異端児」とも言われとても変わった人でしたが、自由な作風で数々の名曲を生み出しました。

後にドビュッシーやラヴェルなど印象主義の作曲家に影響を与えることになる、この偉大な作曲家が生まれた家を訪れてきました。


わたしがここを訪れたのは2016年。
この年はサティ生誕150周年だったのです!

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こんなに派手にお家が飾りつけられていました。



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反対側には傘をさしたサティ。
サティは傘のコレクターだったそうで、100本近く持っていたそうです。


中は博物館になっていて、チケットを買って入場します。
オーディオガイドをもらえて、サティの音楽を聴きながら見学できます。

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入口にあるのはサティの象徴でもある大きな梨。

サティは、当時ドビュッシーに「形式にこだわった作品を書きなさい」と忠告を受け、あの有名な《梨の形をした3つの小品》を書きました。
この「梨」には「まぬけ、うすのろ」という意味もあり、ドビュッシーに対して裏に皮肉の意味もこめて作ったそうです。


壁には、有名な作曲家たちがサティについて言った言葉が書いてあります。

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「サティは今の時代で道に迷った、中世の音楽家である。」ドビュッシー
「現代作曲家の3つのSはストラヴィンスキー、シェーンベルク、サティだ。」ミヨー


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「彼は賢い人だった。賢くて、わざと優しくしない。」ストラヴィンスキー


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「Esoterik Satie(一般人には理解できないサティ)」アルフォンス・アレ


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「サティが正しいかどうかは大事ではなくて、サティは不可欠な人だ。」ジョン・ケージ
「サティは、それぞれが自由に跡をつけられる真っ白な道を示した。」ジャン・コクトー




上へ上るとサティの部屋が。

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壁にはたくさんの絵が書かれ、仕掛けもたくさんありました。


サティの言葉。
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「部屋に机が13、ピアノが5台あるのは、同じパイプをいつも吸うと良くないように、いつも同じものを使うことは健康に悪く意味がないからだ。」サティ


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一番上の白い部屋に白いピアノが置いてあります。
自動演奏で音楽が流れます。


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こんなものが貼ってありました。

フルート→恐怖
ティンパニ→幻
アコーディオン→制圧
コントラバス→不安

何を意味しているんだろう?


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自転車みたいにこいで動かすメリーゴーランドみたいなやつ。


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鍵盤を押すと、ボールが動く。



どれも不思議なものばかりで、理解できない世界。
当時サティがおかしな人なんて言われていた理由がわかった気がします。

でも、だからこそ誰にも真似できないような素敵な音楽を作り上げることができたんだろうなあ。


この家を訪ねてから、もっとサティのことが知りたくなってしまいました(*’U`*)
>>パリの郊外にある、サティが住んでいたアルクイユの家も訪ねてきました!



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日本からの贈り物

日本から荷物が届きました。

送り主は、わたしが何年か前にクラリネットを教えていた人です。
この方は、学校の先生を定年退職された後すぐにクラリネットを始めました。

今は違う先生が教えているのですが、今もずっと楽しくクラリネットを続けていらっしゃいます。


そして、フランスで暮らしているわたしのために、半年に1回くらい日本のものを送ってくださるのです!
日本の食べものなど、フランスで買うと高いものを箱に詰めてくれます。


今回送ってくれた荷物の中身は、、


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こちら!!!

お茶漬けやのり、味噌汁、春雨、しじみの乾燥したものなど。

少し前に、
「欲しいものは?」と聞かれ、
わたしが「ごま!!」
と答えたので、ごまをたくさん入れてくださいました。

金、白、黒の3種類もあります。
しかも、ごますり器まで!!

ごまは何にでもかけられるし、日持ちするし、健康にも良いので、あると結構便利です。

フランスで買うと高くてなかなか買えないので、送ってもらえて良かった。



日本から海外への荷物は、送れないものも結構あるので、送る前に大丈夫なのか要確認です。

そして送るときは、中に入っているものの名前と、大体の値段を書き出さなくてはいけないなどと色々大変なようです。


荷物は途中で投げられたりするので、到着したときにはダンボールはボロボロ、、、

でも荷物が届いたときは、フランスまでよく無事に着いてくれたねっていう喜びと、開けるときのわくわくと。


さあ、今日はご飯と一緒に何を食べようかなあ( ^ω^ )



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え、ピアノそこなの??

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今日は音楽院で、吹奏楽とオーケストラの小さなコンサートでした。

今回わたしが参加したのはオーケストラで、曲はベートーヴェンのピアノ協奏曲第1番1楽章。


オーケストラは子供と少しの先生が混ざっていて、ピアニストはこの学校の学生。

クラリネットが足りなかったので、わたしとフランス人の男の子が先生に頼まれて参加しました。



先週1回リハーサルして、今日の午後にリハーサルをしてから夜本番という感じでした。
>>先週のリハーサルの様子はこちらから

この音楽院のホールはそんなに大きくないのにどこにピアノを置くんだろう?と思いながら、舞台のセッティングが終わると、

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こんな感じに。

え?伴奏者??
なんて思うような隅っこにピアノは置かれました。

ピアノが主役のはずなのに、、


ピアニスト本人以外そんなことは気にせず、リハーサルが始まります。

協奏曲のリハーサルをやるときは、普通ならソリストとオーケストラとのバランスを見たり、お互いのタイミングを合わせたりするはずなのに、今回のオーケストラは子供ばかりなのでピアニストがいるのに、オーケストラのみの練習がメイン


ピアノが始まると先生が、「そこは大丈夫だから次に行こう。」
なんて言って、オーケストラが大事なところばかりの練習でした。


オーケストラができてないのは確かだけど、それなら先に別でもっと練習しとくべきだよな。

オーケストラは小学生くらいの子たちばかりなのに、先週の練習に半分くらいの人しか来なくて、今日のリハーサルだけに参加した人ばかりとか、みんなプロじゃん笑



そして本番。
ピアニストは素敵な演奏を聴かせてくれました!
ブラボー!!

ここからまたおかしなことが起こります。


ピアニストが一回お辞儀して、そのまま客席に降ります。

そして、指揮者の先生はオーケストラにお辞儀させ、ファゴットのちっちゃな男の子を指揮者の隣に呼んで大きな拍手をもらいます。

ファゴットは目立つのに良く頑張ったねって。

ピアニストは客席から拍手。
それでコンサート終了。


え!!ソリスト呼ばないの?
普通ならソリストを呼んでもう一回拍手もらうでしょ!
ピアノ協奏曲なんだから、主役はピアニスト。

まさかのファゴットコンサートになって終わりました。


指揮者の先生がちょっと変わった人だったので、こんなコンサートになりました。

まあ、子供の親たちが喜んだから良かったのかな、、



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イチジク入りのチーズがおいしい

3ヶ月前にフランスに来た友達が、
「フランスに来て1番感動したことは、イチジク入りのチーズがおいしかったこと!」

なんて言っていたので、まだ食べたことがなかったイチジク入りのチーズを食べてみることに。


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こちらはイチジクとクルミが入ったチーズで、パンなどに塗って食べるタイプです。



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開けてみると中はこんな感じ。


これをパンに塗っていただきます!

お味の方は、、

ほんのり甘くて、なめらかなチーズとがクルミがとても良く合う!
そして、イチジクの種のプチプチした食感が口に広がるのがまた良いんです。

クリームチーズのようなので、日本人の口にも合うと思います。


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スーパーにはこんな一口タイプのも売っています。



イチジクは昔から人々に愛され、メソポタミアではなんと6千年以上前から栽培されていたのだそうです。

そして古代ローマでは、メジャーな果物として食卓に並べられ、日本には江戸時代初期に長崎に伝来しました。


そんな歴史ある果物イチジク。
なかなかそのまま食べることは多くないですが、チーズに入っているととても食べやすい!

フランス人はチーズと一緒にフルーツを食べたり、ジャムをのせて食べることも多いので、チーズとイチジクが良く合うことはわかっているようですね(*’U`*)

試験後すぐのレッスン

クラリネットのレッスンを受けに学校へ。
この日はストライキで、RER A線は本数が少なくて満員電車に押し込まれます。

楽器のリュックが電車のドアにはさまれそうになるくらいギリギリでしたが、なんとか電車に乗り込めました。


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エッフェル塔を横目に見ながら、学校まで歩きます。


2日前に試験が終わったばかりで、今日のレッスンまでに新しい曲を練習できる時間があまりなかったので、エチュード(練習曲)を2曲見てもらいました。

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小さい音でスタッカート(短い音)が続いたときに、響く音で吹くのがなかなかできなくて苦戦。


来週は月曜日が祝日でレッスンはお休みなので、次は2週間後。
2週間あるので、エチュードの課題がたくさんと、新しい曲を練習することになりました。


それにしても5月は祝日が多いよなあ、、


前回のレッスンのお話はこちらから>>

パリのオペラ地区でテロ。その場所は?

先日の5月12日21時ごろ、パリのオペラ地区でナイフを持った男が通行人5人を襲撃する事件が起きました。

29歳のフランス人男性1人が死亡、54歳の女性と34歳の男性が重症、26歳女性と31歳男性が軽症を負いました。
犯人は駆けつけた警察によって刺殺されました。


この事件が起こった場所なのですが、アジア系のお店が集まる地区で、近くには日本食レストランもたくさんあります。

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地図だとこの星がある辺り。
左上には観光名所のオペラ座があります。


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このブックオフの前の通りだったそうです。
わたしがバイトしている日本食レストランからも歩いて2、3分ほどの場所。

この辺りはよく通る場所なので、考えただけでとても怖いです。

翌日の日曜日には、普段たくさんの人がいるオペラの辺りは、いつもの半分くらいの人しか歩いていませんでした。



最近は暖かくなってきて、パリには観光客がたくさん。
この良い季節には観光名所に足を運びたくなりますが、人が集まる場所はやっぱり危ないのでお気をつけください。

大事な試験の日。

今日は1年に一度のクラリネットの実技試験でした!

わたしが今やっているPerfectionnementという課程は2年間で、わたしは今年この課程の1年目なので今回は1年の区切りの試験でした。


今回のPerfectionnementの試験は2曲。

1曲は課題曲でドヴィエンヌ作曲の『クラリネットソナタ第1番』1楽章、もう一曲は10分ほどの自由曲です。
わたしは自由曲を、トマジ作曲の『クラリネット協奏曲』1楽章にしました。


今回試験を受けたのは10人弱。
Perfectionnementは3人で全員日本人。他は楽器を始めたての子供や中学生くらいの子です。

試験を聴いていたのは、ムードン音楽院の学長、クラリネットのOlivier先生、他の音楽院のクラリネットの先生が1人と、クラリネットの先生になりたくて勉強中のお兄さんが1人でした。


午後から試験が始まって、Perfectionnementの試験は15時から。
演奏の順番はじゃんけんで決めます笑

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試験前は部屋を借りて少し音出しします。
この時くらいが一番緊張するんだよなあ、、

いつもは音楽院のホールで試験が行われるのですが、今回は何かとかぶったようでホールが使えず、少し大きめの教室でやることに。

いつもより試験官が近い、、


今日の演奏のできは、まあまあだったかなあ。
大きな失敗はなかったけど、ちょこちょこやらかしたところがあったり、音色を上手く作れなかったりしたところがあったり。

全員終わった後は部屋に集まって、先生の講評を聞きます。
先生たちはちゃんとメモを取ってくれているので、一人一人にアドヴァイスをくれます。


わたしが先生たちに言われたことは、まさにその通りです!っていう感じで、しっかり聴いていてくれて嬉しい。
悪いところを、これからちゃんと直していかないとなあ。

ひとまず試験は終わって一安心!

でもレッスンは7月頭まであるし、今月は学校のコンサートもいくつかあるのでのんびりはしていられませんね(> <)

賞味期限切れなんですけど、、

わたしが住んでいる建物のすぐ近くには、小さいスーパーfranprix(フランプリ)があります。

ここでは、食べ物や飲み物、少しの日用品などを売っていて、大体のものは手に入っちゃいます!

ただ野菜は良くないものが多く、見るからに悪いものだったり、買って帰って切ってみたら中が腐っていたり、かじってみたらものすごい味で食べられるもんじゃなかったり、、

なので、野菜を買うときは他の大きなスーパーまで行きますが、その他のものはここで買うことが多いです。


そんなこのfranprixでは、賞味期限が近いものを割引して安く売っているコーナーがあります。

このコーナーのものは人気なので、早めの時間に行かないとほとんどなくなってしまうんです。


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今日はこのお肉を2ユーロでゲット!

いつもこういうのを、売り場に置いてあるだけ買って家の冷凍庫で冷凍保存しています!

今日は2つ買えました。
良かったあ~と思って、もう一度お肉の袋を見ると、、


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ん?

賞味期限昨日じゃん!!


やっぱお店の人ちゃんと仕事してないわあ。

まあ今回は一日だけだったのでまだ良かったけど、フランスのスーパーではこんなのがよくあることなんです。

特にこういうお肉系なんかは賞味期限切れなのに、店員が引くのを忘れて普通に売られていることが多くて、気をつけないと賞味期限が何日も前のを買ってしまったなんてことも、、


買い物するときも気を抜いてはいられませんね笑


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シューマンが身を投げたライン川を眺める。ドュッセルドルフのシューマンが住んだ家へ

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ドイツロマン派の作曲家、ロベルト・シューマン。
彼は素敵な作品を数多く生み出しますが、最後は精神の病に侵されてしまいます。

そんなシューマンが住んでいた、デュッセルドルフを訪れた時のことを。



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ここがシューマン夫妻が住んでいた家です。

この家に住んでいる間に、当時20歳だったブラームスが訪ねてきてシューマンを興奮させるという良いことがあった反面、シューマンが病により投身自殺を図るという悲しいこともありました。


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シューマンと妻のクララはここに1852年9月1日から1854年3月4日まで住んでいました。


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1850年9月、デュッセルドルフの音楽監督としてこの街にやってきたシューマン夫妻は歓迎を受け、最初のコンサートで成功を収めます。

創作力も旺盛で、『チェロ協奏曲』『ライン交響曲』などの名曲を作曲しました。

作曲のスピードもものすごく速くて、『チェロ協奏曲』、『交響曲第3番』、『ヴァイオリンソナタ第1番、第2番』、『ピアノ三重奏曲第3番』をどれも数日間で、『ヘルマンとドロテア』序曲はなんとわずか数時間で作曲してしまいます。


しかし最初のシーズンが終わると、地元の新聞がシューマンの指導力を批判する記事を掲載し、シューマンはしばしば指揮を落としたり、曲が終わったのに指揮を続けるなど、おかしな場面が多くなっていきます。

それでも1853年5月に開催された「低ライン音楽祭」では、改訂されたシューマンの交響曲第4番が初演され成功を収めます。

そして 5月17日には名ヴァイオリニストのヨアヒムと共演し、二人の交流から2曲のヴァイオリンソナタ、『ヴァイオリンと管弦楽のための幻想曲』、『ヴァイオリン協奏曲』が生まれました。



1853年9月30日、20歳のブラームスがヨアヒムの紹介でシューマン夫妻を訪れます。
ブラームスの作品を聴いたシューマンは深く感動し、『新音楽時報』に『新しき道』と題するエッセイを書きました。


しかし1854年2月10日の夜にシューマンは激しい耳の痛みに襲われます。4日後、レストランで手にしていた新聞を置いて「とてもこれ以上読んでいられない。A音が鳴りっぱなしで聞こえるんだ」と言ったそうです。

そして17日午後2時、精神障害から錯乱状態となったシューマンは、雨の中、スリッパのまま家を飛び出し、ライン川に投身自殺を図りました

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これがそのライン川。
彼が飛び降りたシフスブリュッケは、1895年に取り外されたので正確な場所はわかりませんが、家からすぐにライン川が流れています。

こんなところに飛び込んで助かったなんて、、と思うような大きな川でした。


3月3日にブラームスが駆け付け、精神的にも肉体的にも疲れてしまっていたクララを、物心両面で助けます。
そして3月4日、シューマンはボン近郊の精神病院に移送され、クララと離れ離れになってしまうのです。



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オーケストラ練習の参加率は、、

今日はオーケストラの練習で学校に行きました。

先週先生に「来週と再来週の水曜日空いてるなら、オーケストラにのってよ」と言われ、急遽やることに。


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もらった楽譜はベートーヴェンのピアノ協奏曲第1番の1楽章。

どんなコンサートかも、誰がソロを弾くのかも、どんなオーケストラなのかも全くわからずとりあえず今日練習に行きました。


部屋に着くと、指揮者の先生がいてソリストにも会いました。
ソリストはすごく上手なピアニストなので演奏を聴くのが楽しみ!

そして周りを見ると、弦楽器ばっかりでなんかみんな若い!
小学生か中学生くらい


結局管楽器はわたしの他にクラリネットの子が1人でおしまい。
え!フルート、オーボエ、ファゴット、ホルンは???
みんな当日リハーサルのみ参加のようです。


そして、練習が始まる前のチューニングは、先生が生徒たちの楽器をとりあげて1人ずつの楽器をチューングし始めます。


大体理解してきました。
この演奏会は子供メインだな。

そして練習が始まると、なんとか最後まで通るっていう感じで、ピアニストのやりたいテンポでやるのは子供たちには難しそう。


コンサートマスターは、小学校高学年か中学生くらいで化粧して髪の毛もかっこよくして、青春を満喫してる感じの女の子。

先生に「プロフェッショナルならこうするよ。君もプロフェッショナルになりたいでしょ?」って聞かれて、
「ん~別に。」って笑


この学校ではいつもこんな感じなのです。

練習に行ってみないとどんな感じかわからない。
クラリネットの先生ですらどんなコンサートなのか知らないのです。

先生と一緒に演奏するときもあれば、こんな感じで子供と演奏するときもある。


来週の本番はどうなるのやら、、
でも、ピアノの演奏はすごく楽しみだなあ♪



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5月8日は戦勝記念日

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フランスでは5月8日は祝日!

何の日かというと、連合国がドイツに勝ったという戦勝記念日です。


1945年5月7日に連合国がドイツの降伏文書を受け取り、フランスのランスで調印されました。

そして翌日の5月8日23時01分、第二次世界大戦が終わりました。

この日ベルリンでは調印式が行われ、調印時間はベルリン時間で5月9日午前0時15分、西ヨーロッパ夏時間では5月8日午後11時15分、モスクワ夏時間では5月9日午前2時15分と、場所によって夏時間や時差のため異なりました。

なので、ロシアなど旧ソ連国では5月9日が戦勝記念日となっているのだそうです。


パリでは5月8日には、戦争で亡くなった無名戦士たちを弔う式典が開かれ、馬に乗った騎士たちが街を通るパレードが開かれるのだそうです。

試験が近いので、パレードを見に行く余裕はなく残念、、


フランスでは、5月1日はメーデーだったし、5月10日も昇天祭で祝日だし、日本のGWほどではないけど5月の頭は休みが多いよなあ~



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ストライキじゃないのに電車が来ない?

学校にピアノとの合わせレッスンを受けに行ってきました!

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今日は本当に雲ひとつない青空が広がる良い天気☆
良い気分で学校へ向かいます。


わたしが電車を乗り換えるのがMontparnasse駅。
ここからSNCFのN線に乗ります。

この電車に乗れば10分くらいで、学校からすぐ近くのMedon駅に着くのですが、SNCFのストライキの日は全然電車が来ないのでこの電車は使わないようにしています。
>>ストライキの日程はこちらから

でも今日はストライキじゃない♪
良かったあと思い、この一番近いルートを選択しました。


しかし、、

電車の乗り場に行ったらホームが閉められてる!!!
な、なんで??


とりあえず、急いで違う電車に乗って大回りをします。

後から知ったのですが、工事中なのだそうです。13日まで
どこかに書いてあったのかもしれないけど、先週は2週間のヴァカンスで学校に行ってないからそんなことわかんないし、、


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やっとトラムの駅に着きましたが、ここからまた1キロ歩かなきゃいけない。
今日は暑いし学校まで坂多いし、、

普通だったらMontparnasse駅からあと15分で学校に着けたところを、結局45分かかりました。


レッスン室に入ったらまだ前の人がレッスンを受けていました。やっぱり電車がなくて、遅れてくる人が多かったみたい。


汗だくでピアノの方との合わせをしました。
ピアノの方は学校の生徒全員の伴奏をしているので、みんなの試験があるこの時期はとっても忙しい!

今日は30分くらい付き合ってくださって、明後日にもう1回合わせ練習をさせてもらえることになりました。

今度こそは余裕持ってできるといいな(> <)


前回のレッスンのお話はこちらから>>
<<次回のレッスンのお話はこちらから

インタビュー受けました!

アジアでお仕事や転職先を探すための求人情報や海外生活情報を発信されている「アジアマガジン」さん。

アジアに限らず世界全体に目を広げ、海外在住の日本人からの現地の情報を大事に発信しているのだそうです。

わたしはこのブログでフランスでの生活や文化などについて書いているということで、今回フランスについてインタビューを受けることに!!

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>>インタビューはこちら

まだフランスに来て2年半くらいしか経っていないわたしが答えてしまって良いものか、、、
でもわたしなりに、この2年半を振り返りながら精一杯に答えてみました♪


アジアマガジンさんのサイトは今回初めて読んだのですが、海外就職についての情報がWEBマガジンになっていてとても読みやすくて面白い!

特に海外で生活をしているわたしにとっては、とても興味深い記事がたくさん。

そして今回のように、他の国に在住している人がインタビューを受けたものも載っているので、他の国での生活情報も知ることができます!


是非読んでみてくださいo(^▽^)o
>>アジアマガジン 海外勤務を実現!アジアでお仕事や転職先を探すための求人情報!

ラヴェルが『ボレロ』を書いた家♪モンフォール=ラモーリーのラヴェル博物館

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パリの西郊外にあるモンフォール=ラモーリー(Montfort-l'Amaury)という小さな町に、モーリス・ラヴェル博物館があります。
ラヴェルはここに、1921年から亡くなる1937年まで住んでいました。


実はこの博物館、2017年2月に閉鎖されました。
理由は市のサイトでは水漏れが原因となっていましたが、おかしなことがいろいろと起こったのです。

2人の有名な音楽家が博物館を訪ねたとき、博物館の中で写真を撮ったら管理人のマダムが怒って警察に通報したり(撮影は禁止されていません)、映画やテレビの撮影を断ったり、火災報知機や盗難防止のアラームが壊れていたり、、

管理人のマダムは解雇されてしまいましたが、世界中から彼女の案内は素晴らしかったというたくさんの手紙が送られてきたそうです。

実際わたしがここをたずねた2016年9月、管理人のマダムはとても熱心に案内してくれました。
そのときのお話を書きたいと思います!



モンフォール=ラモーリーは、パリからICカードNAVIGOを使って行ける範囲なのでとても便利です。

ラヴェル博物館に行く前は電話で予約をとらなくてはいけなく、この数日前に電話するとOKが出たので、日にちと時間を決めて行ってきました。


モンフォール=ラモーリー駅を降りると驚くのが、めちゃ田舎!!!

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モンフォール=ラモーリーの町までは3キロあり、こんな道を牛や馬を見ながらひたすら歩いて行きました。


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やっとたどり着いたラヴェル通り。


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そしてついにラヴェルの家発見!
約束の時間になるとあの管理人のマダムが車に乗って登場。丁寧に中を案内してくれました。


ラヴェルはこの家で1921年から晩年まで暮らし、ムソルグスキーの『展覧会の絵』のオーケストレーションや『ボレロ』の創作をここでしたそうです。

1917年に母親を亡くし、弟が結婚したことで孤独感に陥ったラヴェルは、華やかなパリから距離をおいて静かに暮らしたいと思い、ここへ引っ越すことを決めました。

小柄な体形だった彼に合う小さな家で、元々4部屋だった間取りは、6年間かけて10部屋近くある間取りに作り変えられました。


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部屋の中は、ラヴェルが暮らしていた当時のままです。


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窓からは緑がたくさんの景色を見ることができます。


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青い壁は印象的です。


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ラヴェルは家具のコレクターだったそうで、以前から持っていた家具をこの家に持ち込み、さらに新しく買い足すなどしながら家の中の装飾をしたそうです。



さあ、ラヴェルが作曲をしていた部屋へ!

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机の上にはペンなどと一緒に、『子供と魔法』のスコアがあります。


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こちらがラヴェルが使っていたピアノ!

窓とピアノの間がとても狭く、こんな狭いところでピアノを弾いていたんだなあ。
すぐそばにある窓からは外の景色を見れます。

そして、マダムがわたしたちに「ラヴェルの曲を弾いてみて。」と言いますが、わたしたちは管楽器専門なのでピアノは、、
でも鍵盤を触らせてくれて、ピアノの前で記念撮影までさせてくれました。


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ラヴェルは中国や日本など、東洋風のものも好きでたくさん集めていたようです。

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壁には日本の浮世絵も!


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さらに、コレクションの中にはかわいいおもちゃもいくつかあり、マダムがそれを動かして見せてくれました。


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ショーケースの中には、ラヴェルが愛用したものたち。

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楽譜もたくさんありました。



そして、狭い階段を下りて、ラヴェルが生活していた部屋へ行きます。

階段を降りる前に、もう入口へは戻ってこれないから置いてあるノートに何か書くようにと言われます。
このノートには、いろんなところからこの博物館を見学しに来た人たちのメッセージが書いてありました。
もちろん日本語もたくさんありました!


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バスルーム。

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こちらは寝室です。


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この寝室の黄色い壁に描かれている、円柱の模様が見えますでしょうか?
これ、なんとラヴェル自身が描いたのだそうです!
本当に、インテリアにこだわる人だったのですね。



最後に外のお庭へ出ます。

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この庭もラヴェルが日本庭園を意識して自分好みに作り変えたものです。
もみじや松なども植えてあります。
真ん中の池は、元は古井戸だったそうです。


博物館見学後はモンフォール=ラモーリーののどかな町を歩いてみるのも楽しいです♪


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ピカルディー名物【ガトーバチュ】を知っていますか?

ピカルディー地方の名物にガトーバチュ(Gâteau battu)という食べ物があります。

日本語で、gâteau→お菓子、battu→打ちのめされた、踏み固められたなんて意味がありますが。


どんな食べ物かというと、、



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こちらです!!

ん?ケーキ??
形に特徴があって、カヌレを大きくしたようだけどまたちょっと違う、中心から外に広がっていくような不思議な形をしています。



この食べ物の歴史は、
17世紀にフランドルで、この食べ物のことをgasteau mollet(ふんわりやわらかいお菓子) やpain aux œufs(卵のパン)と言っていました。

そして、19世紀の終わりにこの食べ物がピカルディーに進出すると、現在のガトーバチュという名前になりました。


一般的に、村の祭りや家族での大きなパーティーのとき、洗礼や聖体拝領の儀式のときに出されていて、1900年にピカルディー地方の名物として公認されました。

1992年になるとガトーバチュ協会ができ、毎年ガトーバチュコンクールを開催しています。


協会は、新しい協会のメンバーやコンクールで賞を受賞した人にその目印としてガトーバチュの形をした帽子を与えるのだそうです。


実は先ほど見ていただいた写真のガトーバチュ、実はこのコンクールで賞をとったガトーバチュなんです!
Francis FREVILLEというお店のガトーバチュで、ピカルディーの中でも有名なお店なのだそうです。

ピカルディー出身のフランス人がお土産にもってきてくれました。



さて、食べ方ですが、そのままおやつとして食べたり、サーモンやフォアグラなんかをのせて前菜として食べたりするのだそうです。

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今回はサーモンをのせてこんな感じになりました♪


ガトーバチュはふわっふわでほんのり甘く、バターと卵の風味が口いっぱいに広がります。
少し塩っ辛いサーモンとの相性抜群!!!

どんだけでも食べてしまいたくなるような味です。
バターがたくさん入っていてカロリーは高めなので、食べすぎには注意ですが笑



ピカルディーに行く機会がありましたら、是非一度食べてみてください(*≧∪≦)


お店情報
Sarl Francis Fréville 【QUESNOY LE MONTANT店】
住所→11 Rue de l'Église, 80132 Quesnoy-le-Montant
電話→03 22 24 13 43
営業時間→月~水曜7:00~13:30、16:00~19:45、木~土曜7:00~19:45、日曜7:00~13:00



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パリ6区の音楽院でレッスン♪

今日はパリ6区の音楽院でレッスンでした。

Olivier先生はムードン音楽院の他に、この6区の音楽院で小さい子たちのレッスンもしているのですが、わたしは試験が近いということで、先生の空いている時間にこの音楽院の部屋でレッスンしてもらえることになりました!


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音楽院の近くにはサン・シュルピス教会があります。


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この右側が入口です。



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このパリ6区の音楽院の正式名称はConservatoire Municipal Jean-Philippe Rameau(ジャン=フィリップ・ラモー音楽院)。
ジャン=フィリップ・ラモーっていうのはフランスバロック音楽の作曲家です。

パリの各区に1ずつある音楽院には、こうやって作曲家の名前がついているんです♪



今日レッスンしてもらったのはトマジ作曲の『クラリネット協奏曲』。
この曲は初めて人前で演奏することになるので今からとても緊張しています。

今日はカデンツァを中心にやって、言われたことは「楽譜をもっとよく見て!

楽譜を見てるつもりでも、強弱記号やアクセントにテヌートに、、楽譜に書いてある細かい指示を正確にできてない。
楽器を吹く前に楽譜をちゃんと読んでから練習することがとても大事なのだそうです。


来週はいよいよピアニストとの合わせです!

前回のレッスンのお話はこちらから>>
<<次回のレッスンのお話はこちらから

パリでデモ。マックなど放火、約100人を逮捕!?

2018年5月1日、メーデー。
パリでは大きなデモが行われました。

場所はAusterlitz駅の辺り。
わたしが住んでいるところから歩いて15分くらいのところです。

どうなったのかというと、、


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マック放火。(写真:Paris Dépêchesより)


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車炎上。(写真:The Local.frより)


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黒い服にマスクをつけた人たち。(写真:The Local.frより)


ひぇwwww
近くでこんなことが行われていたなんて、こわっ!


結局、約1200人がデモに参加し、約200人が取り押さえられ、約100人が逮捕されました。
軽いけが人が数人で済んだことがまだ良かった。



では、どうしてこうなったかというと、

マクロン大統領の労働改革が気に食わないから。
4月から始まっているSNCFのストライキも無視されてるし。


そんなマクロン大統領。このデモが行われていたとき何をしていたのかというと、、、


オーストラリアでヴァカンス!!!

素敵な休日を過ごされていたのですね。



これから、フランスの政治が上手くいってくれると良いのですが。
でも、いつ何が起こるかわからないので注意が必要ですね( ノД`)

先生はFête du Travaiでも休まない!

フランスの5月1日はFête du Travail(メーデー)で祝日!


どうしてこの日ができたかというと、1886年5月1日にシカゴで40万人の労働者がストライキを行ない、8時間労動制を獲得。

その3年後、フランス革命100周年を記念してパリで開催された国際社会党大会では、5月1日を「国際労働者の日」として、1日8時間労働のために国際的にデモを行う日と定めました。
>>2018年5月1日、パリでは大きなデモが行われていました

そして1947年から5月1日は有給祝日となりました。

この日は電車は動いていますが、学校はお休みだし、たいていのお店は閉まっています。



そんな今日、学校は休みで授業もないはずだったのに室内楽の先生が、
5月1日は私の自宅でレッスンします。
と言って、レッスンをしてくださることになりました。
先生は休みとかいらないのかな笑


初めて行く、室内楽の先生のお家。
パリ14区の少し南にあります。


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お家の近くにはきれいな公園が。


先生のお家はでかくてめちゃきれいで驚き!
まるで豪邸みたいで、壁には美術館に展示されているような絵画がたくさん飾られていて、、

キッチンにお菓子と飲み物を用意してくださっていて、みんな好きなように食べてねって。

こんなすてきなお家で楽器を吹かせていただいちゃっていいのかな、、という感じでした笑



ところで今日5月1日はフランスでは親しい人にスズランを渡す習慣があるそうなのですが、2年半以上フランスに住んでいて今まで知らなかった、、

いつかわたしもスズランをもらえる日がくるかなあ(> <)


学校始まりました!

2週間のヴァカンスが終わり学校再開!

すぐにレッスンが始まります。
12日に試験があるので、そのために今は2曲を練習しています。


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そのうちの1曲、フランソワ・ドヴィエンヌ(François Devienne)作曲の『クラリネットソナタ1番』の1楽章をレッスンしてもらいました。

ドヴィエンヌは18世紀のフランスの作曲家で、パリ音楽院のフルート教授でした。
フルート専門でしたが他の木管楽器も演奏できたようで、彼の作曲した作品はほとんどが管楽器のための作品でした。

フルート協奏曲は10曲も書いたようで、フルートが羨ましいですね。


このクラリネットソナタは、とってもシンプルできれいな曲です。
シンプルなので逆にボロもでやすく、きれいに演奏するのはとても難しく、コンクールでもよく課題曲となる曲です。


さあ、レッスン開始!
この日のレッスンはまず全体を演奏して、その後でめちゃゆっくりのテンポで細かいニュアンスを確認しながらやるというもの。

ゆっくりのテンポでやると、早いテンポではできていたように思えたことが本当はできていなくて、そんなところが本番に緊張するとできなくなってしまう、、


今日言われたことは、スタッカート(短い音)をゆっくり演奏した時にどうしても口が動いてしまって音色が変わってしまうのがわたしのいけないところ。
次回までには直せるよう頑張ろう!




学校からの帰りは、すぐ近くのMeudon駅に着いた瞬間に電車が出発してしまい、次の電車はなんと40分後!!
今日はストライキじゃないはずなのになんで??

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仕方なく、20分ほど歩いたところにあるトラムのMeudon sur-Seine駅から満員のトラムに乗って帰りました。

電車内ではもめてる人がたくさんいるし、La Défense駅に着いたら何かの犯人が警察に取り押さえられて叫んでるし。


学校に通うだけで一苦労、、

前回のレッスンのお話はこちらから>>
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プロフィール

YukihaCL

Author:YukihaCL
2015年9月からフランスで音楽留学してます。
趣味は旅行!
フランスでの生活、文化など現地からの情報を少しでもお伝えできたらと思います。

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