モンマルトルでサティとベルリオーズが住んだ家へ

2週間のヴァカンスは長い、、
このヴァカンスは、特にどこかへ出かける予定もないので基本は家に引きこもり。

でも、窓の外のからっと晴れた青い空を見ながら楽器を吹いていると、どうしても外へ出たくなります。


2週間後に迫る試験を思い焦りながらも、気分転換にお散歩♪
せっかくなので、モンマルトルにあるサティの家とベルリオーズの家に行ってみることに。


メトロ12番線のLamarck-Caulaincourt駅で降りて、歩いて10分ほど。
芸術家たちが集まったモンマルトル地区です。


まずはベルリオーズが住んだ家へ。

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ベルリオーズはここに1834~1836年の間住みました。

彼は1833年、劇団の女優ハリエット・スミッソンと結婚します。
そして翌年ここに新居を構え、自作の演奏会を開催したり、雑誌や新聞の評論をしたりしました。

1384年にはパガニーニからの依頼で『イタリアのハロルド』を作曲すると、その初演が成功し、その年には長男が誕生するという嬉しいこと続き!

さらには、オペラ『ベンヴェヌート・チェッリーニ』の作曲に取りかかるのと同時に、フランス政府から委嘱された『レクイエム』も書き、仕事もプライベートも充実した2年間でした。


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おうちの隣にある階段を上ると、遠くまで見渡せる景色がきれい!
ここは写真スポットのようで、たくさんの観光客が集まっていました。



そしてこのまま進み、すぐ右に曲がるとサティのお家が現れます。

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1890~1898年の8年間住んだお家です。

サティはここに住んでいる間、キャバレー黒猫でピアノを弾いていました。

薔薇十字教団創始者であるジョセファン・ペラダンと出会うと、サティは薔薇十字会の聖歌隊長となりました。
そして、2万人以上が来場したと言われる第1回薔薇十字展に付随して行われた「薔薇十字の夕べ」では、サティの音楽が演奏されました。


恋愛の話は、1893年にはシュザンヌ・ヴァラドンと交際を始め、サティは彼女に300通を超える手紙を書いたそうです。
しかし!それにも関わらず6ヵ月後には絶交してしまうのです。

そんないろんなことがあったお家なんですね。

>>サティがこの後に住んだアルクイユの家のお話はこちらから



この辺りは丘なので、坂がいっぱい!
景色は面白いけれど、ちょっと歩くだけで疲れてしまいます。

ベルリオーズもサティもこんなところに住んで、毎日坂を上り下りしていたんだろうなあ。


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YukihaCL

2015年9月からフランス音楽留学をしています。
趣味は旅行!ヨーロッパにある作曲家ゆかりの地巡りもしています。

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